tera-sanのブログ

人に伝わりにくい多発性硬化症患者の想いや苦労

自分は4歳の時に急性熱性皮膚粘膜リンパ腺症候群(川崎病)になりました。この病気が多発性硬化症のトリガーとなったのではないかと言われています。医師からはあとは本人の生命力と言われたそうです。その後、中学生の時に全身脱力で入院しましたが原因不明のままで回復しました。
20代後半で左半身の麻痺と視野欠損で入退院を繰り返し。多発性硬化症の診断を受け現在に至ります。
その後、嚥下障害となり胃瘻を増設、排泄障害や高次脳機能障害も併発して、歩行や体幹にも障害が出ています。一日一日を生きるように心がけています。

来週の月曜日から多発性硬化症と結節性痒疹の治療のため入院

多発性硬化症とともに

来週の月曜日から多発性硬化症と結節性痒疹の治療のため入院します。多発性硬化症の前回の治療から約3か月以上経ちますが、症状はあまりよくありません。今回もT-DCSの治療とリハビリの組み合わせによる治療を受けますが、平行して結節性痒疹の紫外線治療も受けます。身体が思うように動かないのと、湿疹が全身に広がりつつあるので、気分も優れず出かけることも減りました。ただこのままだと進行が早まりそうなので、もともと音楽が好きなのでパソコンや携帯電話を使用して曲を作ることにしました。ギターやキーボードやドラムもありますが、左半身が麻痺しているので、現在は飾りとなっており、音楽は諦めていました。しかし最近のAIの進歩により、楽器を使わなくても音楽活動が出来るようになったので、入院中は暇があれば携帯電話で曲作りをしたいと思います。今できる趣味としてはそれしかないので。段々弱っていっているのが辛いです。