tera-sanのブログ

人に伝わりにくい多発性硬化症患者の想いや苦労

自分は4歳の時に急性熱性皮膚粘膜リンパ腺症候群(川崎病)になりました。この病気が多発性硬化症のトリガーとなったのではないかと言われています。医師からはあとは本人の生命力と言われたそうです。その後、中学生の時に全身脱力で入院しましたが原因不明のままで回復しました。
20代後半で左半身の麻痺と視野欠損で入退院を繰り返し。多発性硬化症の診断を受け現在に至ります。

おはようございます。今日はいい天気です。

朝目が覚めて天気が良かったので、立山連峰の写真を撮ろうと思い玄関前の道路に出てみたのですが、時すでに遅く太陽がかなり上がっていたので、太陽光が強く山が逆光となり諦めました。今日は午後から車の車検です。ディーラー車検は高いので、近所のオートバックスで車検を通します。車の運転については、息子とよく話し合った結果、通すだけ通して体調の悪い時は乗らないこととしました。福祉作業所に行く時には車がないと都合が悪いのですが、元々職員が同じ町内の同じ班に住んでいるので、運転できなくても送迎ができるということで体力が続く限りは大丈夫なので。他でアルバイトも考えましたがやっぱり福祉業界が

よく解っているので、作業所にしました。工賃払いなのでお金にはなりませんが何らかの役に立てることもあると思うので。