tera-sanのブログ

人に伝わりにくい多発性硬化症患者の想いや苦労

自分は4歳の時に急性熱性皮膚粘膜リンパ腺症候群(川崎病)になりました。この病気が多発性硬化症のトリガーとなったのではないかと言われています。医師からはあとは本人の生命力と言われたそうです。その後、中学生の時に全身脱力で入院しましたが原因不明のままで回復しました。
20代後半で左半身の麻痺と視野欠損で入退院を繰り返し。多発性硬化症の診断を受け現在に至ります。

福祉作業所で1週間働いてみて

半日のみ1週間働いてみて、午後からは疲れが出て帰ってきたら何かしようという気力もでず、ぐったりしてしまいます。立場は利用者ですが、利用者の混乱を招くため今まで通りの立場です。事務処理と利用者さんの話し相手、相談相手という感じで勤務していますが仕事と言えるかが微妙です。事務処理に関してもそう沢山あるかと言うと大枠の作業所運営上の書類は作成できますが、利用者という立場の状態で、他の利用者の個々の書類を作成していいのかが疑問です。サービス提供の中味はきちんとしていますが、書類が足りません。仮に作成したとしても、そう長くは働けなさそうな体調であり役所の監査で痛い目にあっているのに、あまり危機感が感じられません。役所の監査はほとんどが書類がメインです。そこまでをやってしまうとまた同じことの繰り返しとなるのではないかと思います。前回働いた時も有資格者がいないと閉鎖という状態まで追い込まれての頼みであったので引き受けましたが、書類に利用者さんのサインを貰っておいてくださいと伝えて辞めたのですが結局、その資料にサインはありませんでした。今回仮に自分が説明して書類にサインを貰ったとしても、そう長くは勤めれません。さらに利用者の立場で他の利用者の書類まで作成する訳にも

いきません。どうしたものか悩んでいます。個人的にはいい人であり何とかしてあげたいのですが、どう伝えていけばいいのか解りません。利用者としてどうしていけばいいのか悩みます。来週1週間は資料の再確認をしますすが、災害対策等のマニュアル等は作成してありますが、その他の大枠の利用者の個人情報に触れない範囲の資料を作成しながら今後について考えていこうと思います。