tera-sanのブログ

人に伝わりにくい多発性硬化症患者の想いや苦労

自分は4歳の時に急性熱性皮膚粘膜リンパ腺症候群(川崎病)になりました。この病気が多発性硬化症のトリガーとなったのではないかと言われています。医師からはあとは本人の生命力と言われたそうです。その後、中学生の時に全身脱力で入院しましたが原因不明のままで回復しました。
20代後半で左半身の麻痺と視野欠損で入退院を繰り返し。多発性硬化症の診断を受け現在に至ります。

昨夜は胃酸の逆流が酷く、気道に入りむせが止まらず不眠

とにかくよく寝るようにと、就寝前に睡眠薬と安定剤を服用しているが、昨夜は意識が朦朧としていても、むせで咳き込み一睡もできず、明け方になって少し落ち着いたのでウトウトできた。腹部もまた張ってきているので、そろそろ奥の手のグリセリン浣腸の出番かもしれない。起きているとゲップがでるが、逆流には至らない。最近複視が酷く、パソコンは片目でないとうてなくなってきている。毎回のことながら状態が悪化したら、病院にいつでも来るように言われているが、何十年もこの病気と付き合っているとどういう状態が悪化といえるのかが解らない。発症したころは入退院を繰り返していて、退院した日に再入院とかがあったが、慣れると2~3日で大半が元に戻り、その繰り返しが徐々に病気を進行させていくらしいが、もうこの歳になって入退院を繰り返すのは嫌なので要観察状態である。医師に言わせると本人が自分の病気を一番理解しているので、自己管理でどうしょうもない時は電話してから来るようにとのことです。周りからみると座っていれば「どこが悪いの」って感じでなまくら病とまで言われることもありましたが、確かに客観的にみてそう見えても仕方ないと思います。