tera-sanのブログ

人に伝わりにくい多発性硬化症患者の想いや苦労

自分は4歳の時に急性熱性皮膚粘膜リンパ腺症候群(川崎病)になりました。この病気が多発性硬化症のトリガーとなったのではないかと言われています。医師からはあとは本人の生命力と言われたそうです。その後、中学生の時に全身脱力で入院しましたが原因不明のままで回復しました。
20代後半で左半身の麻痺と視野欠損で入退院を繰り返し。多発性硬化症の診断を受け現在に至ります。

今年一年間を振り返って

今年も残すところ、あと2日となりました。皆さんにとってはどんな1年だったでしょうか。
コロナウィルスも第5類となり、ほぼ制限のない日常生活が戻ってきた1年となりましたが、この時期になりインフルエンザの流行もあり、自分はマスク、手洗い、消毒の生活を送っています。そしてなるべく人込みを避ける日常生活です。今年は平日に3回程度、一泊二日で
母親と叔母を温泉に連れて行きましたが、治療のための入院も3回しました。しばらくは効き目があるのですが、3か月が限界で疲労感が強くなってきて入院治療の繰り返しでした。
来年は2か月に一回の頻度になりそうです。それでも在宅生活が送れるのなら仕方ないと思っています。精神的に滅入ることも多くありますが、毎年この雪の時期にさく椿の花のように頑張って生きたいと思います。