tera-sanのブログ

人に伝わりにくい多発性硬化症患者の想いや苦労

自分は4歳の時に急性熱性皮膚粘膜リンパ腺症候群(川崎病)になりました。この病気が多発性硬化症のトリガーとなったのではないかと言われています。医師からはあとは本人の生命力と言われたそうです。その後、中学生の時に全身脱力で入院しましたが原因不明のままで回復しました。
20代後半で左半身の麻痺と視野欠損で入退院を繰り返し。多発性硬化症の診断を受け現在に至ります。

実家の母親の洗面台やトイレの修理を

毎日異常な暑さが続き、身体への負担が大変です。なるべく出かけずに冷房をかけて部屋で過ごすようにしていますが、母親から電話があり洗面台が詰まって水浸しになっているので
何とかしてほしいとのこと。業者を呼ぶと1万円は取られるので、実家に観にいきました。

見事に洗面台が詰まっていて、排水管を一回全部外して、外で排水管の中も全部洗剤で洗い再度組み立て直して完了。トイレのウォシュレットの調子も悪いのでみてほしいと言うので、ウォシュレットもばらして清掃して修理しました。すぐに新しいものを買おうとするので大変です。とどめは玄関の網戸でした。網戸の枠自体がかたがっているので買ってきて交換しました。半日かがりの仕事でしたが、親孝行できるのも親が元気なうちなので。施設で働いている時にいろいろと修理していたのが役立ちました。午後からは暑くて部屋で冷房をかけてゆっくりと身体を休めました。明日も暑いらしいので大人しくしていようと思います。